松竹座ジャニーズの歴代公演と閉館後の現在、2026年解体・跡地計画を徹底解説
「松竹座ジャニーズ」と検索する人が知りたいのは、大阪松竹座で関西ジャニーズJr.が積み重ねてきた公演の歴史や、SUPER EIGHT、WEST.、なにわ男子、Aぇ! groupへと続くスターたちの軌跡ではないだろうか。大阪・道頓堀にある大阪松竹座は、1999年の関西ジュニア公演をきっかけに、関西の若手タレントが経験を積み、成長していく特別な舞台となった。 (あわせて読みたい:高知東生の現在は?2026年最新の俳優活動・新刊・回復10年を徹底解説)
しかし、2026年5月27日をもって劇場は閉場。さらに同年11月1日から建物の解体工事が始まる予定となっている。1999年から続いた関西ジュニアとの関わりは60作品以上、約1,800公演に及ぶ。閉場直前の3月24日には、歴代のOBや現役メンバーら総勢92人が集結した「ほんまおおきに大阪松竹座」も開催された。103年の歴史を持つ劇場と、関西アイドル文化が歩んだ軌跡を振り返る。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 関西ジュニアの歴史:1999年12月の「KANSAI Jr. CONCERT」から始まり、60作品以上、約1,800公演を実施。
- 代表的な公演:『ANOTHER』『少年たち 格子無き牢獄』『X'mas Party!!』『春休みスペシャルコンサート』など。
- 歴代出演グループ:SUPER EIGHT、WEST.、なにわ男子、Aぇ! groupなど、現在の人気グループにつながる人材を輩出。
- 閉場日:2026年5月26日に最後の公演が終了し、5月27日から閉場。
- 解体・跡地計画:2026年11月から解体開始予定。工期は約2年の見込みで、跡地の具体的な利用方法は未定。
【歴史の始まり】大阪松竹座と関西ジャニーズJr.の関係とは?
1999年12月「KANSAI Jr. CONCERT」が原点
関西ジュニアと大阪松竹座の歴史を語るうえで、重要な起点となるのが1999年12月の「KANSAI Jr. CONCERT」だ。
この公演には、後のSUPER EIGHTのメンバーとなる横山裕、村上信五、丸山隆平、安田章大らが出演。6日間で16公演を行い、関西を拠点とする若手タレントが劇場の舞台に立つ流れをつくった。
大阪松竹座は客席と舞台の距離が近く、約1,000人規模の劇場として知られていた。大規模アリーナとは異なり、出演者の表情や芝居、歌、ダンスを観客が間近で感じられる環境だった。
この規模感は、若手にとって大きな意味を持っていた。大人数のバックダンサーとして出演するだけではなく、芝居の役を担い、歌やトークで観客を楽しませる経験を積めたからだ。
その後、関西ジュニアの公演は定着。夏には舞台、冬にはクリスマスコンサートという年間の流れが形成され、松竹座は単なる公演会場から、関西ジュニアの成長を見守る場所へと変化していった。
大阪松竹座そのものにも103年の歴史がある
大阪松竹座が開場したのは1923年(大正12年)。当初は映画上映と舞台芸術の実演を組み合わせた活動写真館として誕生した。
ネオ・ルネサンス様式のアーチを備えた正面ファサードは、道頓堀の象徴的な景観となり、「道頓堀の凱旋門」という愛称で親しまれた。
戦後は映画館として営業を続け、1994年に建て替え工事に入り、1997年3月に演劇専門劇場として新築再開場。歌舞伎、現代劇、喜劇、ミュージカル、コンサートなど幅広い演目を上演する施設となった。
つまり、1923年から続く建物の歴史と、1997年以降の演劇劇場としての歴史、そして1999年からの関西ジュニアとの歴史が重なっている。アイドルファンにとっての聖地であると同時に、上方の舞台芸術を支えてきた文化施設でもあった。

【歴代公演年表】ANOTHER・少年たち・クリパ・春松竹の軌跡
大阪松竹座で行われた関西ジュニアの公演は、コンサートだけではない。ミュージカルやストーリー性のある舞台、季節ごとのショーなど、さまざまな形式へと発展してきた。
2026年3月の卒業公演に関連する報道では、1999年からの公演実績として60作品以上、約1,800公演という数字が紹介されている。ここでは、歴史を理解するうえで重要な節目を整理する。
| 年代 | 代表的な公演・出来事 | 歴史的な意味 |
|---|---|---|
| 1999年12月 | KANSAI Jr. CONCERT | 関西ジュニアと松竹座の歴史が始まる |
| 2002年8月 | ANOTHER | 関西ジュニアがミュージカルで初主演 |
| 2003年 | DOUTON-BOYS | 関西らしい喜劇的な表現を展開 |
| 2004年 | サマー・ストーム | SUPER EIGHTの前身グループが関西地区限定デビューした時期の舞台 |
| 2010年 | 少年たち 格子無き牢獄 | 関西ジュニア版の少年たちシリーズが展開 |
| 2012年 | 春休みスペシャルコンサート | 春の恒例公演として新しい流れが生まれる |
| 2014年 | なにわともあれ、ほんまにありがとう! | WEST.のデビュー直後の公演 |
| 2018年 | X'mas Party!! 2018 | なにわ男子を中心とした世代の活躍 |
| 2020年 | 僕らAぇ! groupがbrakeしそうですねん?! | 新型コロナウイルスの影響で全公演中止 |
| 2021年 | ANOTHER 新たなる冒険 | 有観客での舞台公演が再開 |
| 2026年3月24日 | ほんまおおきに大阪松竹座 | 歴代OBと現役メンバーが集まった卒業公演 |
| 2026年5月27日 | 大阪松竹座閉場 | 劇場としての営業が終了 |
『ANOTHER』は関西ジュニアの代表的な舞台
松竹座の歴史を語る際に欠かせない作品が、2002年8月に上演されたミュージカル『ANOTHER』だ。
この作品は、SMAPやKinKi Kidsらが関わってきた舞台作品の流れを受け継ぎ、SUPER EIGHTの前身となる関西ジュニアを中心としたメンバーが主演を務めた。
当時の関西ジュニアにとって、舞台の主演を経験することは大きな転機だった。コンサートで歌やダンスを披露するだけでなく、物語の登場人物として演技をし、作品全体を成立させる責任を担うことになったからだ。
2003年には『DOUTON-BOYS』も上演。「21世紀の新しい喜劇」をテーマにした作品で、関西ジュニアの持ち味であるテンポのよい会話や笑いを舞台表現に生かした。
この時期に確立された芝居とコンサートを組み合わせるスタイルは、その後の関西ジュニア公演にも受け継がれている。
『少年たち 格子無き牢獄』が残したもの
もう一つの重要作品が『少年たち』シリーズだ。
『少年たち』は、刑務所を舞台に若者たちの葛藤や対立、友情、成長を描くミュージカル。関西ジュニア版では『少年たち 格子無き牢獄』などが上演され、2010年代の松竹座を代表する舞台作品となった。
2010年の大阪松竹座公演では、7 WEST、B.A.D.、BOYS、Veteranなどのユニットが出演。2011年公演の映像作品にも大阪松竹座での舞台が収録されている。
この作品の特徴は、芝居とSHOW TIMEを組み合わせた構成にある。物語の中では役者として演技力を見せ、後半では歌やダンスで観客を楽しませる。関西ジュニアの複数ユニットが同じ作品に参加することで、個々の実力とチームとしての魅力を伝える場にもなった。
その後も『少年たち ~南の島に雪は降る~』や『明日を駆ける 少年たち』など、時代に合わせた作品が展開されている。
クリパと春松竹はファンにとって特別な季節行事
ファンの間で「クリパ」と呼ばれてきたのが、松竹座でのクリスマスコンサートやクリスマスショーだ。
冬の松竹座公演は、年末の関西ジュニアを象徴するイベントとして定着した。代表例が2018年11月30日から12月25日まで開催された『X'mas Party!! 2018』である。
この公演では西畑大吾、向井康二、大西流星、室龍太らが出演。横山裕と大倉忠義が企画・構成・総合演出に参加したことも注目された。後になにわ男子としてデビューするメンバーたちが中心となった公演であり、次世代の関西ジュニアの存在感を示す機会となった。
一方、春の恒例行事として知られたのが「春松竹」だ。
2012年3月・4月の「春休みスペシャルコンサート2012」が、その流れをつくった公演として位置づけられる。2018年には『春休みスペシャルShow 2018』、2019年には『SPRING SPECIAL SHOW 2019』が開催された。
2019年の公演には、なにわ男子と関西ジュニアが出演。歌やダンスだけでなく、トークや演出を組み合わせたショーとして、春の松竹座を盛り上げた。
夏の芝居、冬のクリパ、春のスペシャルショーという季節ごとの公演サイクルは、松竹座と関西ジュニアの結びつきを強めた大きな要素だった。
【歴代出演グループ】SUPER EIGHT・WEST.・なにわ男子・Aぇ! group
大阪松竹座は、現在の人気グループにつながるメンバーが若手時代を過ごした場所でもある。ここで注目したいのは、出演者が一つのグループに固定されず、世代交代を繰り返しながら劇場の歴史をつくってきた点だ。
SUPER EIGHT:関西ジュニアの歴史を切り開いた先駆者
現在のSUPER EIGHTは、松竹座と関西ジュニアの歴史を語るうえで中心的な存在だ。
1999年の「KANSAI Jr. CONCERT」には、横山裕、村上信五、丸山隆平、安田章大らが出演。その後、2002年の『ANOTHER』や2003年の『DOUTON-BOYS』、2004年の『サマー・ストーム』などに関わった。
特に2004年8月の『サマー・ストーム』公演時期は、関ジャニ∞が関西地区限定でCDデビューした時期と重なる。翌9月22日には全国デビューを果たし、グループの活動は大きく広がっていった。
松竹座での経験は、歌、演技、トーク、観客とのコミュニケーションなど、後のグループ活動につながる基礎を育てた。
WEST.:7 WESTやB.A.D.から続く系譜
WEST.のメンバーも、関西ジュニア時代から松竹座の舞台に立ってきた。
重岡大毅、桐山照史、中間淳太、神山智洋、藤井流星、濵田崇裕、小瀧望らは、それぞれ7 WESTやB.A.D.などのユニットで活動していた時期がある。
2010年の『少年たち 格子無き牢獄』では、7 WESTやB.A.D.のメンバーが出演。芝居を通して個性を発揮する経験を積んだ。
2014年4月、WEST.がデビューすると、デビュー曲「ええじゃないか」の発売3日後から『なにわともあれ、ほんまにありがとう!』を大阪松竹座で上演。デビュー後にゆかりの劇場へ戻る公演として、関西での活動のつながりを感じさせる出来事となった。
なにわ男子:クリパと春公演で存在感を高めた世代
なにわ男子のメンバーも、関西ジュニア時代から松竹座の公演に参加してきた。
西畑大吾、大西流星、道枝駿佑、高橋恭平、長尾謙杜、藤原丈一郎、大橋和也らは、2018年の『X'mas Party!!』や2019年の『SPRING SPECIAL SHOW』などで活動。松竹座での経験を積みながら、それぞれの個性を磨いていった。
2018年のクリスマス公演では、横山裕や大倉忠義が演出・構成に関わったことも重要だ。先輩が後輩の舞台を支える構造は、関西ジュニアの育成文化を象徴している。
Aぇ! group:幻の初座長公演と最後の卒業式
Aぇ! groupと松竹座の関係を語る際には、2020年の出来事を押さえておきたい。
2019年に結成されたAぇ! groupは、2020年3月4日から29日まで『僕らAぇ! groupがbrakeしそうですねん?!』を上演する予定だった。グループ初の座長公演として発表されたが、新型コロナウイルスの感染拡大により全日程が中止となった。
したがって、この公演は実際に松竹座で上演された舞台ではなく、予定されていたものの中止となった作品である。
その後、2021年には『関西ジャニーズJr. Summer Special 2021』にAぇ! groupが出演。正門良規、末澤誠也、草間リチャード敬太、小島健、福本大晴、佐野晶哉らが舞台に立った。
2026年3月24日の卒業公演には、Aぇ! groupの正門良規、末澤誠也、小島健、佐野晶哉が出演。松竹座で経験を積んできたメンバーたちが、歴代の先輩と同じ舞台に集まることになった。
歴代グループと松竹座の関係を整理
松竹座の歴代出演者は、現在の所属グループだけで整理すると見えにくい。出演当時のユニットや活動段階を含めて考えると、世代を超えたつながりが理解しやすい。
- SUPER EIGHT:関西ジュニア公演の初期から参加し、松竹座の歴史を切り開いた世代。
- WEST.:7 WEST、B.A.D.などのユニットで舞台経験を積み、デビュー後も松竹座に凱旋。
- なにわ男子:クリスマス公演や春のスペシャルショーで活躍した次世代。
- Aぇ! group:2020年の初座長公演中止を経験し、2021年以降の公演や2026年の卒業公演に参加。
- 個人出演者:永瀬廉、向井康二、室龍太、今江大地なども関西ジュニア時代からの縁を持つ出演者。
このように、松竹座は単独グループの専用劇場ではなく、関西ジュニアの世代交代とグループの誕生を見届けてきた場所だった。
【2026年最新】ほんまおおきに大阪松竹座は何があった?92人の卒業公演
2026年3月24日、大阪松竹座で開催された『ほんまおおきに大阪松竹座 ~WE are 松竹座男子。今まで永らくお世話になりました。関ジュの頃、和室の楽屋で向き合った日々。そんな青春の場所でSUPER Aぇ!卒業式。~』は、長年の歴史を締めくくる特別な公演となった。
SUPER EIGHTからAぇ! groupまで総勢92人が集結
この公演には、SUPER EIGHT、WEST.、なにわ男子、Aぇ! groupのメンバーをはじめ、永瀬廉(King & Prince)、向井康二(Snow Man)、室龍太、今江大地、現役関西ジュニアらが出演した。
報道によると、出演者は総勢92人。関西ジュニアのOBと現役メンバーが一堂に会する、世代を超えた特別なステージとなった。
さらに、元メンバーの内博貴がシークレットゲストとして登場。SUPER EIGHTのメンバーとともに「旅人」を披露し、かつての仲間が再び同じ舞台に立つ場面も実現した。
公演では各グループの代表曲や関西ジュニア時代の楽曲が披露された。WEST.の「ええじゃないか」、SUPER EIGHTの「浪花いろは節」、Aぇ! groupの「Firebird」など、グループごとの歩みを感じさせる構成だった。
村上信五が語った「俺らの全ての原点」
この公演で象徴的だったのが、SUPER EIGHTの村上信五による松竹座への思いだ。
「俺らの全ての原点」
日刊スポーツなどの報道で伝えられたこの言葉には、松竹座が単に仕事をした会場ではなく、メンバー同士が出会い、経験を積み、現在につながる関係を築いた場所だったという意味が込められている。
なにわ男子の大橋和也も、劇場の幕が下りても自分たちの活動は続くという趣旨の言葉を残し、先輩から後輩へと受け継がれる関西ジュニアの歴史を感じさせた。
この卒業公演の意義は、人気グループの集合そのものではない。1999年から続いてきた松竹座での経験を、出演者たちが自ら振り返り、次の世代へつなぐ場になったことだ。
公演後の配信も実施
「ほんまおおきに大阪松竹座」は、FAMILY CLUB onlineでも生配信された。配信は2026年3月24日に行われ、3月29日から4月5日まで見逃し配信も実施された。
劇場に足を運べなかったファンにも、最後の松竹座公演を届ける機会が用意されたことになる。
劇場という物理的な場所を離れても、映像や記録を通して公演の記憶を残せるようになったことは、2026年の卒業公演を象徴する出来事でもあった。
【閉館理由と現在】大阪松竹座は2026年5月27日から閉場
大阪松竹座の閉館は、突然決まったわけではない。松竹株式会社は2025年8月28日付の公式発表で、建物設備の老朽化への対応として、2026年5月公演をもって劇場での興行を終了すると発表していた。
最後の公演は「御名残五月大歌舞伎」
2026年の最後の興行を飾ったのは、5月2日から26日まで開催された大阪松竹座さよなら公演『御名残五月大歌舞伎』だ。
歌舞伎の公演を通して103年の歴史を締めくくり、5月26日に千秋楽を迎えた。公式の歌舞伎美人の劇場案内では、2026年5月27日から閉場中と案内されている。
ここで注意したいのは、最後の公演日と閉場日が異なることだ。最後の舞台が行われたのは5月26日であり、5月27日から劇場として営業していない。
閉館理由は設備の老朽化と運営上の問題
松竹が公表した閉館の理由は、建物設備の老朽化だ。
特に重要なのは、建物そのものが1923年に開業したという歴史だけでなく、現在の演劇劇場としての施設も1997年の新築再開場から約30年が経過していた点である。
2026年4月14日付の松竹の公式資料では、諸設備の老朽化などによって現施設のまま劇場を運営することが困難になったと説明されている。
単純に建物を修繕すれば営業を続けられるという問題ではなく、設備更新や施設の維持に関わる負担も判断に影響した。報道でも、設備の入れ替えにかかるコストなどが閉館の背景として伝えられている。
閉場後の現在はどうなっている?
2026年10月30日現在、大阪松竹座は劇場としての営業を終了しており、通常の観劇やコンサートを楽しめる状態ではない。
そして、10月23日には共同通信などが松竹への取材に基づき、建物の解体工事が11月から始まると報道した。
ABCテレビの報道では、解体工事の開始は2026年11月1日とされている。工事期間は約2年の見込みだ。
したがって、2026年10月末時点では、閉館した劇場の建物が残る一方、これから解体工事に入る段階にある。閉場後の状況と、すでに建物がなくなった状態を混同しないことが大切だ。

【解体・跡地計画】大阪松竹座はなくなる?新しい文化芸能拠点の可能性
大阪松竹座の閉館をめぐっては、2026年3月末に一度、大きな動きがあった。
松竹と大阪府・大阪市が協議を重ね、劇場が担ってきた文化芸能の役割を何らかの形で継続する方向性が示されたのだ。この発表によって、松竹座の劇場文化が今後も残る可能性に期待が集まった。
3月31日の「存続」と4月14日の「解体決定」は矛盾しない
2026年3月31日、松竹は公式サイトで、大阪松竹座が担ってきた歴史や役割を継続するため、新たな文化芸能の発信拠点の実現に向けて取り組む方針を発表した。
この発表は、現在の建物をそのまま使い続けると決まったという意味ではない。現施設での劇場運営は困難である一方、道頓堀の劇場文化を未来につなぐ方法を探すという内容だった。
その後、4月14日に松竹は取締役会で大阪松竹座ビルの解体工事への着手を決議したと公式発表。新たな文化芸能の発信拠点を目指す方針も改めて示した。
つまり、整理すると次のようになる。
- 2026年3月31日:劇場が担ってきた歴史や役割を継続する方針を発表。
- 2026年4月14日:現在の大阪松竹座ビルの解体工事への着手を決議。
- 2026年5月27日:劇場が閉場。
- 2026年10月23日:11月から解体工事を始める見通しが報道される。
建物の存続と、劇場文化の継続は別の問題である。現在の建物が解体されても、道頓堀に文化芸能を発信する拠点をつくるという構想まで消えたわけではない。
跡地の具体的な計画は2026年10月時点で未定
最も気になる跡地の利用方法については、2026年10月30日時点で具体的な計画は公表されていない。
10月23日の共同通信報道によると、解体工事には約2年かかる見込みで、松竹は大阪府や大阪市などとの話し合いを続け、なるべく早く方針を決めたいとしている。
したがって、現時点で「新しい劇場が建設される」「商業施設に生まれ変わる」「特定のアイドル専用施設になる」といった情報を確定事項として扱うことはできない。
松竹が掲げているのは、新たな文化芸能の発信拠点の実現という方向性であり、建物の規模、施設の構成、開業時期、運営方法などの詳細は今後の協議に委ねられている。
松竹座の歴史は建物の解体だけでは終わらない
大阪松竹座の解体によって、道頓堀の景観から象徴的なアーチが姿を消すことになる。これは劇場ファンだけでなく、長年道頓堀を訪れてきた人々にとっても大きな変化だ。
一方で、松竹は大阪における歌舞伎などの興行について、場所を変えてさまざまな劇場やホールで継続する方針を示している。
関西ジュニアについても、松竹座での公演が終了したことと、関西を拠点とするタレントの活動が終わることはまったく別の話だ。
今後の焦点は、これまで松竹座が担ってきた若手の登竜門としての機能や、上方文化を発信する役割を、どのような施設や興行形態で引き継ぐかにある。
【プロの結論】松竹座ジャニーズの歴史が関西エンタメに残した功績
大阪松竹座と関西ジュニアの歴史を振り返ると、最も大きな功績は、若手タレントが舞台経験を積み、世代を超えて成長を引き継ぐ仕組みを築いたことにある。
功績1:若手に主演・座長経験を積む機会を提供した
アリーナやドームの公演では、多数の出演者が同じ舞台に立つ。一方、松竹座のような劇場では、個々の出演者が芝居や歌、ダンス、トークで観客に向き合う時間が大きな意味を持つ。
『ANOTHER』や『少年たち』のような作品は、演技力を磨く機会となった。クリパや春松竹では、観客を楽しませるショーの構成や表現力も求められた。
若手時代にさまざまな役割を経験できる環境があったからこそ、その後のグループ活動につながる土台が育ったと考えられる。
功績2:関西ジュニア独自のエンターテインメントを形成した
関西ジュニアの魅力は、歌やダンスだけではなく、笑いやテンポのよいトークを取り入れたステージにもあった。
2003年の『DOUTON-BOYS』や、季節ごとのコンサート、ショー形式の公演などを通じて、関西ならではの表現が積み重ねられた。
この文化は、SUPER EIGHT、WEST.、なにわ男子、Aぇ! groupなど、世代の異なるグループにもつながっている。
功績3:先輩から後輩へと続く関西の人材育成を実現した
松竹座の特徴は、過去に出演した先輩が、後輩の公演を支える立場になることだ。
2018年の『X'mas Party!!』では横山裕と大倉忠義が演出・構成に参加。2026年の卒業公演では、SUPER EIGHTからWEST.、なにわ男子、Aぇ! group、現役関西ジュニアまでが同じステージに集まった。
このような世代間のつながりは、一つの公演だけでは生まれない。長い期間、同じ場所で舞台を続けてきたからこそ実現した関係だ。
松竹座に関するよくある誤解と正しい理解
閉館や解体の話題では、いくつかの情報が混同されやすい。
- 誤解:2026年5月26日に閉館した。
正確には:最後の公演は5月26日で、公式案内では5月27日から閉場。 - 誤解:2020年のAぇ! group公演は上演された。
正確には:『僕らAぇ! groupがbrakeしそうですねん?!』は全日程中止。 - 誤解:3月31日に建物の存続が決まった。
正確には:劇場文化の役割を何らかの形で継続する方向性が示されたもので、建物の存続決定ではない。 - 誤解:跡地に新劇場が建つことが確定している。
正確には:新たな文化芸能拠点を目指す方針はあるが、具体的な跡地計画は未定。
今後の動向を見極める3つの判断基準
今後、大阪松竹座の跡地や関西ジュニアの公演を追いかけるなら、次の3点に注目したい。
第一に、松竹の公式発表。跡地の建築計画や新施設の構想、開業時期などは、運営主体である松竹の発表が最も重要な判断材料となる。
第二に、大阪府・大阪市との協議内容。道頓堀の劇場文化を引き継ぐという構想は、民間企業だけで完結する話ではない。自治体との調整や地域の文化政策も重要になる。
第三に、STARTO ENTERTAINMENTと関西ジュニアの公演情報。松竹座がなくなっても、関西ジュニアの舞台やコンサートが別の劇場で開催される可能性はある。公演会場の変更と活動そのものの終了を混同しないことが大切だ。
【FAQ】松竹座ジャニーズに関するよくある質問
Q1:大阪松竹座はいつ閉館しましたか?
A1:最後の公演『御名残五月大歌舞伎』が2026年5月26日に終了し、翌5月27日から閉場しています。
Q2:大阪松竹座と関西ジャニーズJr.の歴史はいつからですか?
A2:1999年12月の「KANSAI Jr. CONCERT」が始まりです。横山裕、村上信五、丸山隆平、安田章大らが出演しました。その後、60作品以上、約1,800公演が実施されています。
Q3:松竹座の代表的なジャニーズ公演は何ですか?
A3:『ANOTHER』『少年たち 格子無き牢獄』『X'mas Party!!』『春休みスペシャルコンサート』などが代表的です。
Q4:クリパとは何ですか?
A4:関西ジュニアが大阪松竹座などで開催してきたクリスマスコンサートやクリスマスショーを、ファンが「クリパ」と呼んでいるものです。2018年の『X'mas Party!!』などが知られています。
Q5:大阪松竹座は2026年11月に解体されますか?
A5:はい。2026年10月23日の報道では、11月1日から解体工事を開始する予定とされています。工期は約2年の見込みです。
Q6:大阪松竹座の跡地には何ができますか?
A6:2026年10月30日時点で具体的な計画は決まっていません。松竹は新たな文化芸能の発信拠点を目指す方針を示しており、大阪府・大阪市などとの協議を続けています。
Q7:松竹座がなくなると関西ジュニアの活動も終了しますか?
A7:いいえ。終了するのは大阪松竹座という劇場での興行です。関西ジュニアの活動終了を意味するものではなく、今後は別の劇場や会場での公演が考えられます。
まとめ:大阪松竹座の歴史は次の世代へ受け継がれる
大阪松竹座と関西ジュニアの歩みは、1999年12月の「KANSAI Jr. CONCERT」から始まった。『ANOTHER』『少年たち』『クリパ』『春休みスペシャルコンサート』など、数々の舞台やコンサートを通して、SUPER EIGHT、WEST.、なにわ男子、Aぇ! groupにつながる人材が経験を積んできた。
2026年3月24日の「ほんまおおきに大阪松竹座」では、歴代OBや現役メンバーら総勢92人が集結。劇場への感謝と、関西ジュニアの歴史を次の世代につなぐ思いが込められた公演となった。
一方、2026年5月27日に劇場は閉場し、11月1日から建物の解体工事が始まる予定だ。工期は約2年と見込まれているものの、跡地の具体的な利用方法はまだ決まっていない。
103年続いた建物の姿は失われても、松竹座で生まれた舞台作品や、若手が経験を積み、先輩から後輩へと受け継いできた文化まで消えるわけではない。
今後注目すべきなのは、松竹が掲げる新たな文化芸能の発信拠点がどのような形で実現するか、そして関西ジュニアの舞台文化がどの劇場で引き継がれていくかだ。松竹座の物語は、建物の閉場を一つの節目として、新しい形へと向かっている。
参考資料・確認根拠: 松竹公式の劇場閉館発表・歴史資料、STARTO ENTERTAINMENTの公演情報、日刊スポーツ、共同通信、ABCテレビなどの報道。 (あわせて読みたい:【徹底比較】2007年『ERIKA2007』と2026年『DAY OFF』は何が違う?)
(出典: 松竹 座 ジャニーズ(Yahoo!ニュース))